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2014年10月28日
平成26年度産業歯科保健部会前期研修会の記録


  平成26年5月21日(水)〜24日(土)に,第87回日本産業衛生学会が岡山コンベンションセンター・岡山全日空ホテル・岡山シティミュージアムにて開催され,産業歯科保健部会の平成26年度前期研修会が,5月24日(土)に岡山コンベンションセンターで開催されました。今回のテーマは、「産業保健における口腔がん対策 −疫学,診断,治療から考える−」で,出席者は48名でした.


 プログラム

  「産業歯科保健における口腔がん対策 −疫学,診断,治療から考える−」

   座長:森田 学(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 教授)

      杉山 勝(広島大学大学院医歯薬保健学研究院 教授)

   演題名:口腔がんの疫学と予防

   演 者:長尾  徹(岡崎市民病院 歯科口腔外科 統括部長)

   演題名:口腔癌の診断(早期発見ガイド)

   演 者:白砂 兼光(九州大学 名誉教授)

   演題名:口腔がんの治療

   演 者:佐々木 朗(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 腫瘍制御学講座 口腔顎顔面外科学分野 教授)



  「口腔がん」は,肺がんや大腸がんなどに比べて発生頻度が低いこともあり,一般的に知名度の高い疾患ではありません.しかし,発生と治療によって口腔機能が損なわれると,患者のQOLは大きく低下し,生きる楽しみまで失われうる重大な疾患です.口腔がんは,60・70歳代で多く発生しますが,近年は若年者での発生数の増加が新たな問題となっています.一方,口腔がんは体深部に発生するがんと違い,一般の人や専門医以外の人が見ることが可能なため,「口腔がん」に関する知識の拡がりは,口腔がんの早期発見と治療,良好な予後に繋がる可能性があります.このようなことから,口腔がんは就業年齢層全体に関わる産業保健の課題であると考えられ,今回の研修会が企画されました.研修会では,口腔がんの予防と診断および治療に伴う問題点等について3人の講師に講演いただきました.

  初めに,岡崎市民病院歯科口腔外科統括部長 長尾 徹先生から「口腔がんの疫学と予防」と題して講演いただきました.口腔がんの罹患状況や発生メカニズム,危険因子など幅広い内容を分かりやすく整理して説明していただきました.日常での口腔健診や診療,保健指導などの現場ですぐに役立つ内容が多く含まれていて,喫煙,アルコールと口腔がんとの関連,口腔白板症に関する知見など,口腔がんに関しての最新の知識を学習することができました.

 次に,九州大学名誉教授 白砂 兼光先生から「口腔癌の診断(早期発見ガイド)」と題して豊富な臨床写真とともに口腔がんの診断のポイントを,肉眼的特徴・好発部位・前癌病変の見方を中心に分かりやすく解説いただきました.口腔内を実際に見るときの病変の観察法や症状の特徴が分類とともに提示され,具体的なイメージを描きながら学習することができました.がんと診断したときの専門医紹介の心得も現場で役に立つ貴重な内容でした.白砂先生は,「歯科医院でみる口腔がん早期発見ガイドブック」(医歯薬出版)も執筆されています.

  最後は,岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 腫瘍制御学講座口腔顎顔面外科学分野 佐々木 朗先生に「口腔がんの治療」と題して講演いただきました.口腔がんのうち最も頻度の高い口腔扁平上皮癌を中心に最新の治療や治療成績などについてお話いただきました.最近では高度進行口腔がんでも外科的切除を行わず,抗がん剤と放射線治療の併用で良好な成果をあげてきているとのことで,がん治療の進化を実感しました.しかし,進行がんの治療の多くで発生する機能的・整容的問題は,QOLや社会復帰の面で大きな障害ともなり,やはり早期発見・早期治療に勝る治療法はないと強調されていました.

  今回の研修会を企画くださいました座長の杉山 勝先生、森田 学先生,およびご講演下さいました3人の講師先生方に,あまり学ぶ機会の少なかった「口腔がん」という分野で貴重な研修ができたことを心より感謝致します.


 以下に演者の事後抄録を掲載致します.

文責:森 智恵子(研修・教育担当)

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 ■事後抄録■


 【講演1】

   口腔がんの疫学と予防

   岡崎市民病院歯科口腔外科・統括部長

       長 尾  徹(ながお とおる)

  WHOは口腔がんを死亡率の高い悪性腫瘍の一つとしている。診断の時点で約半数近くがステージV以上の進行がんの状態で発見されることが影響している。口腔・咽頭がんの罹患率は世界全体では6番目に位置しているが、日本では口唇を含む口腔がんは稀少がんであり、年齢調整罹患率は男性3.9/10万人、女性2.0/10万人と近年ほとんど変化がない。しかし、高齢化とともにその罹患数は増加している。また、世界的な傾向として若年者の口腔がんが増加している。口腔がんの好発部位は舌と歯肉で全体の7割以上を占めている。

  口腔がんは前がん病変から長期経過を経てがん化することが知られている。発がんのメカニズムは、複数の因子が段階的に関与して悪性度を増し進展していく説が提唱されている。口腔がんの危険因子は喫煙、過度の飲酒、慢性の機械的・化学的刺激、ウイルス感染などが挙げられている。中でも喫煙は最大の危険因子で、口腔がん/口腔前がん病変発症との強い因果関係が明らかにされている。喫煙と口腔がん死亡についての相対リスクは男性が2.7倍で人口寄与危険割合は52%と、喉頭、尿路、肺、食道に次いでいる。過度の飲酒は口腔咽頭、食道がんの危険因子で、アルコール代謝産物であるアセトアルデヒドが強い発がん性を有している。アセトアルデヒドの主要な代謝酵素であるALDH2の遺伝子多型は日本人の約4割に認められ、過剰飲酒者における口腔咽頭・上部消化管への遺伝的影響が明らかになっている。アルコール依存者では口腔がんは食道がんなどと重複し、多重がんとして発見されることが多いため、職域におけるスクリーニングやリスク評価が今後重要となってくると思われる。

  口腔がんは直視可能であるにもかかわらず約半数の患者が進行がんの状態で受診していることは世界共通の問題となっている。多くの疫学研究の結果から、科学的根拠に基づく口腔がん予防のためのガイドラインの策定とその有効性の検討が期待される。



 【講演2】

   口腔癌の診断(早期発見ガイド)

   九州大学 名誉教授

     白砂 兼光(しらすな かねみつ)

  がん対策基本法(2007年施行)ではがんの予防および早期発見の推進を第一に掲げている。口腔領域においても口腔癌を齲歯、歯周病につづく第3の口腔疾患として捉え、口腔癌の予防や早期発見につなげようとする兆しもある。今回、産業歯科保健研修会のテーマとして取り上げられことは喜ばしいことである。

  多くのがんは外からみえないので、CTなどの画像検査や内視鏡など特殊な装置や検査を必要とするが、口腔は疾患を直接診察することができるので、口腔のがんは早期発見しやすい部位である。特に、常時、口腔内を診察している歯科医師や歯科衛生士の役割は重要であり、口腔癌を含む口腔疾患の発見者となる機会が多い。

  このセクションでは口腔癌の診断ポイント(肉眼的特徴、好発部位、前癌病変の見方)を中心に述べた。

 ○ 口腔にできる悪性腫瘍

  口腔悪性腫瘍の約80%は口腔粘膜上皮から生ずる1)口腔扁平上皮癌である。次に頻度の高いものは2)唾液腺腫瘍で、片側の硬軟移行部口蓋に好発する。その他、上顎洞粘膜から発生する3)上顎洞癌、非上皮系腫瘍として4)悪性リンパ腫、5)悪性黒色腫、6)肉腫も見られるが、頻度は稀である。口腔癌とは一般に、口腔扁平上皮癌を示す。

 ○ 口腔粘膜病変の観察法

  口腔粘膜病変の鑑別のために、3つの事項1) 色の変化、2) 腫れ、3) 表面の性状、を観察する。肉眼で観えるこれらの変化は組織変化の結果を示すものである。どのような変化が組織内で起こっているのかをイメージしながら肉眼所見を観察することが必要である。それぞれの疾患は上記3つ変化の組み合わせで診断できる。

 ○ 口腔癌症状の特徴

  口腔癌は1) 色の変化では白斑や紅斑、2) 腫れはビ慢性で、形は花キャベツ状あるいは肉芽様腫瘤を示す3) 表面の性状は顆粒状、びらん、潰瘍を形成する。悪性腫瘍の特徴は浸潤増殖であり、そのサインは硬結と周囲組織への癒着である。増殖様式によって3型に分類され、a) 初期癌、表在性癌は白斑や紅斑を、b) 外向性増殖様式は花キャベツ様腫瘤あるいは肉芽様腫瘤を、c)内向性増殖様式では角化性変化は軽度で、硬結と噴火口様の癌性潰瘍を形成する。

 ○ がんと診断した時

  がんの確定診断は生検による病理組織学的診断による。しかし、試験切除はがんの増殖や転移を促進する可能性があり、治療体制が整っていない状況で生検を行うことは慎むべきである。生検を行わず、直ちに専門医に紹介するのがベストである。専門医への紹介は○○がんの疑い、○○部の精査依頼という文章で十分である。

 参考文献: 白砂兼光 編著「歯科医院でみる口腔がん早期発見ガイドブック」医歯薬出版



 【講演3】

   治療の立場から

   岡山大学大学院医歯薬学総合研究科口腔顎顔面外科学分野 教授

     佐々木 朗(ささき あきら)

  口腔がんの治療は,外科的療法を中心に化学療法や放射線療法が病期や部位に応じて組み合わせて行われ,最近では分子標的治療も導入されています。最近では高度進行口腔がんであっても外科的切除を行わず,病巣の栄養血管に直接カテーテルを挿入・留置して抗がん剤を投与し,それに放射線治療を併用することで根治的にがんを制御する治療法(超選択的動注化学療法)も導入されるようになり,治癒率,口腔機能温存の面でも良好な成果を上げている。また口腔は直視直達が可能なため,比較的早期のがんでは,放射線物質を直接患部組織内に刺入する小線源治療が施設によっては行われています。治療成績は5年生存率で60?80%ですが,早期がんでは90%以上の成績が報告され,早期発見・早期治療に勝る治療法はないと言えます。

  高度進行がんでは外科的切除によって構音障害,摂食・嚥下障害,整容的問題が起こるため,切除部を他部位の組織(筋皮弁)移植などで補い,欠損部を再建することで機能回復が計られています。さらに口腔がんは頸部リンパ節転移を起こしやすいため,転移リンパ節の除去(頸部郭清術)を行いますが,副神経切除例では肩の旋回や上肢の挙上障害が起こり,社会復帰で考慮すべき問題となっています。

  口腔がんの治療後は,栄養指導や摂食嚥下リハビリテーションなどが必要です。放射線治療を行った場合には,治療時には口腔粘膜炎や皮膚炎への支持療法が必要となり,治療後には口腔乾燥による口腔環境の悪化に起因して齲蝕や歯周病が起こりやすくなるため積極的な口腔衛生管理が必要となります。そのため口腔がん治療を円滑に進めるためには,歯科衛生士を含めた多職種による包括的なチーム医療が有効とされています。職場復帰後は,進行口腔がん患者には会話・嚥下障害などへのサポートが必要ですが,やはり職場検診などを通じて口腔がん検診や啓発による早期発見に勝る対策はないと考えられます。


  以上


 

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