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2013年8月6日
第86回日本産業衛生学会 平成25年度産業歯科保健部会前期研修会の記録


 平成25年度の産業歯科保健部会前期研修会が、第86回日本産業衛生学会において、ひめぎんホール(愛媛県県民文化会館)で5月16日(木)に開催されました。今回のテーマは、「ヘルスリテラシーを活かした新たな健康支援」で、3人の先生方にご講演いただきました。参加者は58名でした。


 日々大量の情報が発信される現代社会では、自分に必要な情報を入手し理解して効果的に利用する能力が必要になっています。そうした能力は健康・医療分野でも「ヘルスリテラシー(health literacy)」として、近年その重要性が認識され、注目されてきています。

 まず最初に、順天堂大学医学部総合診療科准教授の福田 洋先生より、「ヘルスリテラシー:産業保健・保健指導への活用の可能性」と題して講演いただきました。ヘルスリテラシーが注目される背景や概念について、たくさんの資料のご提示とともに説明があり、ヘルスリテラシーの重要性が良く理解できました。また、これまでも産業保健現場で行われている健康教育・ヘルスプロモーションも、今後ヘルスリテラシーを高める取り組みとして実践されていくと、企業や職域をこえて生涯を通じての健康を高める取り組みになる可能性もお話いただき、ヘルスリテラシーの向上に前向きに取り組む必要性とエネルギーをいただいた講演になりました。


 次に、日本原子力研究開発機構の伊藤 博明先生に「ヘルスリテラシーを考慮した保健行動及び食習慣の改善サポートプログラムの実践」と題して、職場で実施された「かむかむハッピープログラム」について報告いただきました。口腔保健行動・食習慣目標を自らが設定し、評価や修正を行うことを通して行動変容を促すプログラムで、歯周病や肥満、メタボリックシンドロームの予防に活用していくとのことでした。ヘルスリテラシーを高める様々なプログラムが用意されていて、職域での活動を企画・実践していく上で、たいへん勉強になりました。


 最後に、「やる気を起こす健康支援をめざして」と題して、対象者との良好な関係作りとやる気を起こすためのコミュニケーションについて、香川県歯科衛生士会会長の木戸 みどり先生にワークショップ形式を取り入れて講演いただきました。保健指導の目的である行動変容は、対象者の心を動かすことであり、コミュニケーションの相互作用についてはナラティヴ(語り、物語)的な理解が重要であることが分かりました。木戸先生のお話に従って参加者全員が絵を描いてみましたが、同じ情報でも描かれた絵が違い、双方間でコミュニケーションを築いていくことの難しさと重要性がよく分かりました。

 ご講演後のディスカッションの最後に、福田先生から、これからの保健分野の活動には歯科、医科を越えた多職種連携の活動が重要であり、そうした活動の広がりの中でヘルスリテラシーの向上に努めていくことが、職域全体、さらに社会的なヘルスリテラシーの向上に繋がるだろうとお話されたことが深く印象に残りました。

 ご講演をいただいた3人の先生方には、短い時間に密度の高いご講演をいただき心より感謝いたします。以下に演者の事後抄録を掲載します。

 (文責:座長 森智恵子)

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 ヘルスリテラシー:産業保健・保健指導への活用の可能性

順天堂大学医学部総合診療科  福田 洋

 「健康情報にアクセスし、理解し、効果的に利用する能力」(Nutbeam,1998)と定義されるヘルスリテラシーが産業保健分野でも注目されている。世界中で健康格差が進行しており、爆発的な肥満や循環器系疾患が問題となっている米国でも、健康政策指標であるHealthy People 2010にヘルスリテラシーが取り上げられ注目が集まった。喫煙率や死亡率、肥満の有病率等で所得格差との関連が指摘された日本も人ごとではなく、健康日本21第2期でも基本方針の1つに健康格差の縮小が掲げられている。しかしメタボリックシンドロームという用語の認識率が国民の8割以上、生活習慣病で6割以上なのに対し、健康日本21はたったの4%であり、特定健診のデータからも、糖尿病で5割、高血圧で7割、脂質異常で9割の未受診・未治療が存在すると考えられ、健診結果の理解や活用に課題があることも指摘されている。メディアやインターネットに健康情報が溢れる時代になり、健康の維持・増進のためには情報提供側の健康教育技法の向上だけでなく、受け手側のヘルスリテラシーがますます重要になると思われる。石川ら(2008)が開発した労働者向けのヘルスリテラシー尺度は、5項目の質問に健康情報の選択、理解、伝達、意思決定を含み、健診や職域現場での調査に適用しやすいと思われる。複数の企業におけるヘルスリテラシー調査の結果から、いずれもライフスタイルと相関する可能性を示唆した。またこれらの先進的な企業では、社員教育にも試用しつつある。いずれにせよ、我が国の職域でのヘルスリテラシーの活用はまだ始まったばかりであり、実証研究はまだ不足している。職域における健康教育・ヘルスプロモーションのゴールが、医療費適正化や単なる疾病予防に留まることなく、入社から退職まで一貫して社員のヘルスリテラシーを高めることと位置づけられると、学校保健、産業保健、地域保健と生涯を通じて連続した国民の健康を高める取り組みになることが期待される。

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 ヘルスリテラシーを考慮した保健行動及び食習慣の改善サポートプログラムの実践

日本原子力研究開発機構  伊藤 博明

 これまで歯周疾患を考慮した歯科検診を実施し、得られたデータの分析をもとに新入職員健康学習「お口の健やかセミナー」など様々なヘルスプロモーション的観点に立った口腔保健活動を展開してきました。新たに口腔保健行動及び食生活習慣の目標を自らが設定し、評価・修正を通して、歯周病の予防、肥満予防、メタボ・生活習慣病予防へと活用いただける「かむかむハッピープログラム」を作成し、試行実施した。健康保険組合実施の歯石除去の機会を利用し最初の口腔保健調査を実施。口腔保健調査は自覚症状、口腔内状態、健康行動等の質問紙への記入と唾液潜血検査からなる。学習・指導の必要性が低い方は結果の通知、セルフケア、噛む効用の資料を配布し健康の維持増進に活用頂き、必要性があり小集団健康学習希望者は、歯科疾患の予防、メタボ・生活習慣病予防につながる食習慣改善のためのスライド学習、セルフケアの体験学習、口腔保健行動目標設定を実施し、さらに個別健康学習希望者は、聞きたい内容に合わせた健康学習、セルフケアの確立のための口腔衛生指導、保健行動目標達成度の評価を実施。対象者は研究職、事務職、技術職など職種は多岐にわたり基本的リテラシー、科学的リテラシーについて能力、理解度もかなりの幅がみられる。すべての職種・年齢の方にもよく理解頂けるよう分かりやすく、実践しやすい具体的な内容を心がけてプログラムは組まれている。試行結果分析より職員にとって良好な改善傾向が認められた。アンケートでも説明をよく理解し、自身で決めた目標を達成した方が多く、微力ながら職員のヘルスリテラシー向上の一助となっていると感じている。今後企業においても高齢化に伴う労働者の健康確保対策として自らの課題を認知し、必要な健康情報を理解し、行動を起こせるようにヘルスリテラシーを考慮したメタボ・生活習慣病予防につながるプログラムの実施が重要になっていくと考えます。

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 ナラティヴ・アプローチから健康支援を考える

香川県歯科衛生士会会長  木戸 みどり

 保健指導の目的は、対象者の習慣的な生活行動を健康の維持増進を目的とした保健行動へ変容することである。対象者を十分理解し、保健指導を行うには、対象者の問題を解決するためのカウンセリングやコーチング技術、アセスメント技術が求められる。これらは心理学的・関係論的なアプローチに基づくものであるが、どの技術を駆使する場合でも対象者とのよき関係づくりが前提となる。コミュニケーションがとれない限りは、指導者と対象者との関係が成立しない。

 コミュニケーションにおける相互作用についてナラティヴ(語り、物語)的な理解は、対象者の行動変容という目的を達成するために、指導者と対象者という特殊な関係性の中で展開される。従来の保健指導では、疾患がありその治療のために、指導者が医学的なエビデンスに基づき正しいとされる習慣の改善を指示し、対象者にそれを守らせようと図ってきた。しかし理論的に正しく望ましいとされる習慣の改善が、すべての人が実現できるとは限らない。対象者の習慣の改善には、生涯にわたり健康に対する自己管理をする能力を養うことが必要である。そのためには、受動的に対象者を外から変えようとするのではなく、対象者の能動的かつ内発的な「健康を作りだす力」を引き出す援助が必要となる。対象者が自分の気持ちを理解してもらえると感じられる関係、対象者自身が自己決定をする主体として認められる環境づくりこそが保健指導の鍵を握る。

 今回、コミュニケーションには双方間の理解が必要なことを、発信者である私の言語を受信者に図に描く作業を展開した。一方向からのコミュニケーションは一方的情報を流すので、問題が生じることや、同じ情報を聞いても自分なりの「枠組み」の影響で、その人なりの伝え方、受け取り方をするので、思いがけないミスコミュニケーションや誤解を生ずる体験して頂いた。良好な関係性を築く経験は、保健指導従事者としてのアイデンティティ形成にも繋がる。対象者との関係を大切にし、やる気を起こすためのコミュニケーションを今後も考えていただきたい。

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