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2012年5月25日
2012年2月4日に開催された 平成23年度後期 産業歯科保健部会研修会(関東地方会例会 および 関東産業歯科保健部会研修会を兼ねる)の記録


 2012年2月4日(土)に、平成23年度後期研修会「就労者の健康支援 〜歯周病と糖尿病の関連からみた口腔保健の展開〜」が、東京医科歯科大学5号館4階特別講堂において開催されました。参加者は67名でした。 生活習慣病の中で、歯周病と糖尿病という関連については良く知られているものの、系統的な知識は乏しく、臨床経験的なところで日常医科歯科連携が行われてことが多いのが現状です。そこで、これらを系統的に知識を整理していただき、日常の医科歯科連携につなげていくために、今回の研修会を企画しました。

 研修会では、最初に慶應義塾大学医学部の中川種昭教授(歯科・口腔外科学)に、歯周病の基礎知識について、歯科から立場からお話をしていただき、次いで順天堂大学医学部内科の佐藤文彦先生に「糖尿病の基礎知識」と題して、糖尿病・メタボリックシンドロームの基本的な知識や先生の臨床研究からの知見について伺いました。そして、3番目として、歯周病と糖尿病の密接な関係について、東京医科歯科大学の和泉雄一教授(歯周病学分野)にお話をしていただいた。最後に、実践例として、日本歯科衛生士会の松木一美さんに、地域の総合病院の糖尿病内科と同地域に開業する歯科医院が連携し、「口腔ケアセミナー」を導入した事例について報告していただいた。

 お一人お一人の演者の先生がたの時間は十分ではなかったかとは思いますが、全体で一つのテーマとして進行でき、参加者の方々の知識も深まり、今後日常での医科歯科連携に少しは、役立つものであったと考えております。以下に演者の事後抄録を掲載します。

 (文責:座長 尾崎哲則)

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歯周病の基礎知識
  慶應義塾大学医学部 歯科・口腔外科学教室  中川 種昭

 歯周病はう蝕と並んで歯科の二大疾患として、その治療、予防の必要性が叫ばれている。本発表のテーマである歯周病は感染症であり、1980年頃から特定細菌の存在が注目され、Porphyromonas gingivalisTannerella forsythiaTreponema denticola
Aggregatibacter actinomycetemcomitansと呼ばれる細菌が歯周病原細菌として注目されている。最近では、これらの細菌の集まりをバイオフィルムと呼び、この歯周病もバイオフィルム感染症と考えられている。

 歯周病は感染症ととらえられている一方、病原細菌のみでなく宿主(生体防御)因子、環境因子などのリスクファクターが重なって疾病が発症すると考えられるようになっている。臨床家は咬合因子もたいへん重要であると考えている。宿主(生体防御)因子としては、好中球機能低下など生体防御システムのどこかがうまく働いていないことで歯周病が増悪することや、サイトカインと呼ばれる炎症誘発因子の反応性の高さと歯周病の関連性が注目されている。また、環境因子として、喫煙、ストレスが重要な因子として報告されている。とくに喫煙による歯周病の増悪、治療に対する反応性の低さは細菌因子と並んで重要視しなくてはならない。

 そして、メタボリックシンドロームと歯周病の関係も注目されるようになってきた。とくに糖尿病と歯周病には深い関係があり、歯周病は糖尿病の第6の合併症と考えられている.さらに、肥満と歯周病に大きな関連性のあることも報告されるようになり、糖尿病、肥満と歯周病は密接な関係にあることが明らかにされている。

 歯周病の進行を防ぐためにいろいろな治療が施されるが、もっとも重要なのは治療後の定期的なメインテナンスであり、もっと大切なのは歯周病に罹患しないように予防することである.企業の歯科疾患予防の取り組みなどがより濃密に行われることは産業衛生という立場から大変重要であると考えられる。



「糖尿病の基礎知識」 糖尿病・メタボリックシンドローム
  順天堂大学医学部 内科 代謝・内分泌学講座  佐藤 文彦

 近年、食事の欧米化や交通機関の発達による身体活動の低下により、我が国の2型糖尿病の患者数は増加の一途を辿っている。これに伴い、若くして糖尿病の3大合併症や、脳梗塞・心筋梗塞といった様々な血管合併症を引き起こし、ADLが損なわれていく労働者も急増している。ADLが損なわれることで、就労問題においても、現実には、少なからず影響を及ぼすような事例が認められている。従って、これらの疾患の予防や進展抑制を行っていくことは、産業衛生の観点においても、喫緊かつ重要な課題のひとつと考えられる。

 そこで、我々の研究室では、2型糖尿病やメタボリックシンドローム患者を対象に、食事・運動療法による、臨床介入研究を積極的に行ってきた。

 脂肪細胞以外にも、骨格筋細胞や肝細胞の内に、脂質が過剰蓄積してしまうことが、インスリン抵抗性の発生メカニズムの直接的な原因となっている可能性が、最近の研究により解ってきた。この点に着目して、我々はMRIを利用した、1H-MRS(proton magnetic resonance spectroscopy)という解析方法を用いることによって、細胞内脂質量を測定し、食事・運動療法が、肝臓や骨格筋の細胞内脂質量や、各々の臓器におけるインスリン感受性にどのような改善作用をもたらすか、検討を行なった。

 2型糖尿病患者に、1週間の教育入院をしてもらったところ、平均で約2kgの体重減少に伴い、血糖値は198→136mg/dl、中性脂肪も177→119 mg/dlと、いずれも有意な改善を認めた。

 このメカニズムとして、食事療法は肝細胞内脂質を約25%減少させ、運動療法は骨格筋細胞内脂質を約20%減少させること、そして、それらに伴って肝臓での糖取り込み、末梢でのインスリン抵抗性が有意に改善することが明らかとなった(Tamura Y. et al. J Clin Endocrinol Metab, 2005)。

 また、BMI30kg/u以上の非糖尿病である30〜40歳代の男性20名に、週1回、当院スポーツクリニックに来院してもらい、個別の栄養・運動指導を3か月間行った。この介入で、食事摂取カロリーが有意に減少し、体重は平均6%減少した。これに伴い、驚くことに肝細胞内の脂肪が36%も減少し、肝臓の糖取り込みも有意に改善した。これに伴い、糖負荷試験においても、負荷後の血糖上昇が顕著に抑制されていた。つまり、1日の食事摂取カロリーを減らし、5〜10%程度の体重減少を行うだけでも、肝臓内の脂肪減少・インスリン抵抗性が顕著に起こり、これに伴い糖代謝・脂質代謝の改善が有意に認められることがわかった(Sato F. et al. J Clin Endocrinol Metab, 2007)。

 以上の結果より、薬物療法を使用または追加しなくても、食事・運動療法をしっかりと基本通り行っていけば、意外なほど確実に改善効果が見いだせることが認められた。

 昨今、様々な糖尿病・メタボリックシンドローム系の治療薬が日々開発され、年々新薬が登場している状態である。ただ残念なことに、糖尿病やメタボリックシンドロームは、ご承知の通り、薬物療法だけではなかなか解決できていない疾患群でもある。

 では、これらの疾患を持つ患者(社員・組合員)が、食事・運動療法および行動療法を上手に継続できるようにするためには、如何していけば良いであろうか。そのためには、今まで以上に医療機関・産業衛生機関の垣根をなくし、医療者を中心とした様々な職種が協力し合い、的確なサポートをしていけるようにすることも、今後の大切な取り組みのひとつと考えられる。そのためには、医療機関・産業衛生機関の双方が、今まで以上に積極的な医療連携を取るようにし、各々の患者(社員・組合員)のために、情報を交換し、前向きなアイデアやコミュニケーションを行っていくことも重要であると考える。



歯周病と糖尿病―その密接な関係
  東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 歯周病学分野  和泉 雄一

 歯周炎は歯周病原細菌による口腔内の慢性感染症であり、糖尿病は糖代謝の異常によって起こる代謝疾患で、両者は病態の異なる疾患です。糖尿病患者で高頻度に重症化する歯周炎が、軽微な持続的な慢性炎症としてインスリン抵抗性を引き起こすことから、糖尿病と歯周炎はお互いに密接に関連しているものと理解する必要があります。

 両者の関係では、糖尿病患者は生体防御機能が低下しているため、歯周病原細菌に対する易感染性により、歯周病に罹患しやすく、治癒しにくいと考えられています。現在、糖尿病患者は非糖尿病患者と比べて、2〜3倍高い歯周病罹患率を示しています。逆に、歯周病患者は、歯周局所でCRP、IL-6、TNF-αなどの炎症性因子が持続的に産生され、これらの物質の一部がインスリンの作用を阻害するため、糖尿病に罹患しやすく、病状の進行も速いと考えられています。このことから歯周病は糖尿病の6番目の合併症として考えられつつあります。最近注目されていることは、2型糖尿病患者では適切な歯周治療によりHbA1cの値が改善する可能性があることです。すなわち、適切な歯周治療が行われると歯周局所の炎症が改善されるためTNF-αなどの炎症性因子の産生が抑制され、あるいはアディポネクチンが上昇し、その結果、インスリン抵抗性が改善されるためにHbA1cの低下が起こることが予測されます。また、肥満やアテローム性動脈硬化症と歯周病との関わりも注目を集めています。まさに、歯周病が死の四重奏を指揮している感があります。

 口腔内に関心をもち、十分なプラークコントロールを行うなどの生活習慣の改善によって、歯周病の予防、治療、維持管理が十分可能となっています。誰もが長寿を謳歌するうえで、健康で文化的な毎日が送れる生活の質(QOL)を高めることが大切です。その一助として、歯周病を克服することが急務と考えられます。



実際の活動事例
  日本歯科衛生士会  松木 一美

 今回の報告は、地域の総合病院の糖尿病内科による糖尿病教育入院患者への指導プログラムの中に、同地域に開業する歯科医院が連携し、「口腔ケアセミナー」を導入した事例である。

 この事業は、平成23年2月から開始した。糖尿病教育入院患者には、1週間のプログラムが組まれ、この中で歯科は1時間を担当する。内容は、糖尿病と歯周病との関係についての講話と口腔観察、ブラッシング指導等の体験学習を行い、終了後アンケート調査を実施した。データ収集は、7月から12月までの6ケ月間に、教育入院し指導を受けた糖尿病患者と外来の治療だけで指導を受けなかった糖尿病患者の、3ケ月後のHbA1cの変化を調べた。結果は、教育入院し指導を受けた者(35名)の改善率は77%、外来治療だけで指導を受けない者(18名)の改善率は17%と大きく差が開いた。短期間の調査でサンプル数も少なくエビデンスにつながるものではないが、多職種連携による指導効果も大と考える。但し、HbA1cの数値が最も改善される3ケ月頃から徐々に指導前の生活習慣に戻る1年後を目処に追跡調査を実施し改善の有無を検証する必要がある。歯科のアンケート調査結果からは、参加者の70%が@歯周病と糖尿病との関係が良く理解できたA今後は、口腔ケアを実行する又はしたい等、意識の変化が見られた。また、口のケアは大切だと分かり参加して良かったと回答している。したがって、「口腔ケアセミナー」の導入は有効であり、継続が必要であると考える。

 職域も地域も医科・歯科連携の課題は多いが、双方の情報交換により、一歩ずつ課題を解決して行く地道な努力が必要である。職域では、定期健康診断の結果を基に、多職種協働による勤労者の健康支援が最も可能な領域である。地域とも連携を図ることで、より勤労者の生涯に亘る健康支援につながることを期待する。

 

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