シンポジウムVは「口腔保健と生活習慣病 −口腔からの健康支援」と題して、11月3日(土)16:00〜18:00 B会場 より定刻に始まりました。
座長
東 敏昭先生(産業医科大学産業生態科学研究所)
藤田雄三先生((株)神戸製鋼所東京本社健康管理センター)
生活習慣病は身体にさまざまな影響を及ぼしています。また、歯科疾患も生活習慣病など全身疾病に種々影響を及ぼしていることが解明されてきてお
り、生活習慣病の保健指導に口腔保健も有用視されてきています。そこで、今回のシンポジウムは口腔からの健康支援を実践しているシンポジストに講演してい
ただきました。
シンポジスト
井上和男先生(東京大学大学院医学系研究科社会予防医学講座公衆衛生学)
青山行彦先生(浜松アクトタワー青山歯科室)
黒田佳子先生((財)日本予防医学協会九州センター産業保健サービス企画室)
<シンポジストの講演>
初めに、現在、研究職で嘱託産業医をしている井上和男先生が、自治医大卒業後、研修医を経て生まれ故郷である高知県の僻地医療の経験から、嘱託産業医、研究者としての現在までの遍歴より、口腔内の重要性、生活習慣病との関係、他職種連携の仕方を話されました。
☆「口腔衛生 −産業医および研究者の立場から−」
井上和男先生
「僻地医療(プライマリーケア−)の場所として4箇所の1人診療所に勤務しましたが、そのどの地域にも、開業歯科医がいないため、口腔内の相談も私の所に
すべて来ました。口腔内のことはあまりわからないため、近隣の歯科医に連絡して相談したり、時には往診を依頼して連携を行いました。僻地医療の現場では、
医師としてだけでなく、住民としても積極的に参加していろんな人と関わりながらやっていくことが重要であり、地域の人たちといろいろ連携しながら診療所に
勤務していました。また、口腔内についても重要性を痛感しました。
その後、高知県のホスピスに勤務し、終末期医療の現場では最後まで元気に口から美味しい物を食べてもらいたいということを強く感じ、看護師、管理
栄養士などいろいろな人に積極的に声をかけ、連携して、患者に対応しました。終末期になれば口腔内の不具合も多く発生したため、近隣の歯科医に連絡し、往
診に来てもらいました。ここでも連携の重要性と口腔内の重要性を再認識することになりました。
4年前に東京に来て、研究者、教員、嘱託産業医として勤務することになりました。嘱託産業医の平塚市の工場では、人間として基本的な「自分から挨
拶する」ことを心がけ、社員の人と親しむようし、社員との垣根を低くすることから始めました。作業環境管理、作業管理、健康管理を行っていくうちに、僻地
医療などの口腔内の重要性を経験したこともあり、歯科健診を行ったデータ−も分析してみることにしました。歯周病も生活習慣病の一つであり、近年、心血管
疾患と関係していることが報告されていることから、いろいろ分析を行ってみると、これまでに報告がない歯周病と高血圧とは少し関係がありそうだという結果
となり、それをまとめ、論文として発表しました。この研究結果からも歯周病が、生活習慣病と関連がありうるという結果でしたので、口腔内に何かあれば積極
的に歯科関係者に相談してほしいと思います。
現在、生命保険会社と共同研究で、口腔内と生活習慣習慣病の解析を行っていますが、その中で「歯が5本以上喪失している人」と虚血性心疾患がある人とのリスクは3.5倍でありました。まだ横断研究なので、今後追跡調査を行う予定です。
以上より、1人診療所で地域に根ざしたプライマリーケア−医として主としてやっていく中で、その地域の人の健康問題を考えて診察するのがまずス
タートでしたので、その中で迷うことなく歯は大事だなと思い、わからないことは聞こうと言うのが連携の第一歩でした。田舎暮らしは生活には不便ですが、あ
る面では「人間らしい人生を楽しめる」と言うのが、私の心の中にキーワードとしてずっとあります。そして産業医としては、いつもニコニコ挨拶をして垣根を
低くし、お互いに何でも相談できる雰囲気を作ることが重要と感じました。研究者としては、現在の研究職、嘱託産業医として自分でできることは何かを探して
それをまとめ、研究として出してみることが重要で、高知で培った経験をこれからも研究にいかしていきたい」
と講演されました。
次に浜松のオフィスビルで開業している青山先生は以前より発表している内容に加えて職域での口腔保健の実施と生活習慣病のことについてまとめ、また職種関連携についても講演されました。
☆「産業歯科保健活動における職種間連携について −産業歯科医としての現場経験から−」
青山行彦先生
「歯科健診を行っているJリーグ1部のサッカーチームでは、歯科健診をオーラルサポートと言っています。検診項目は一般的な口腔状況(CPITN、唾液潜
血反応、顎関節異常の有無、粘膜疾患の有無)と生活習慣(喫煙、飲酒)と口腔ケア習慣を加えたオリジナルなものを使用しています。鉄道会社の子会社である
タクシー会社の歯科健診では、グループ会社で平均年齢が最も高く、さらに医療費、歯科医療費も最も高い事業所でした。しかし、50歳台が多い割には、1人
平均残存歯数が23本と比較的多く残っていましたが、歯磨きの習慣では1日1回しか磨かない人が多く、CPIコードでは進行した歯周病を多く持っている集
団とわかりました。唾液潜血反応も行ったところ、歯周病の進行度と潜血反応の関係が相関傾向にあり、歯周病と糖尿病でもその傾向がありました。以上より、
この事業所では歯周病としてはハイリスクの集団であることがわかり、社員全体の歯科保健の啓蒙が必要であると同時に、ハイリスクの人たちには治療勧告を行
い、早めに治療受けるように指導しました。また生活習慣による配慮が必要で、眠気防止の必要からか缶コーヒーを飲むことが多いのでそれに対しての甘味料摂
取のことや、運転に伴う腰痛、喫煙、接客業としての口臭についてもプログラムに入れたら良いことを会社に報告しました。
病院との連携では、知り合いの内科医より声をかけられ、糖尿病入院の患者カリキュラムの中で、月一回病院に行き糖尿病教育として口腔と糖尿病との
関係の講義をしています。糖尿病が進行すると歯周病が進行するということは、細菌に対する抵抗性が低いので合併症であると言われてきましたが、最近では、
歯周病があると糖尿病が悪化しやすい、もしくは歯周病の存在自体が血糖のコントロールに対してインシュリンの抵抗性に関連しているというデータがでてきて
います。歯周病の炎症部から出てくる特にTNF−αというサイトカインがインシュリン抵抗性に関連が深いということが最近わかってきています。また、軽度
から中等度の糖尿病で広汎性の歯周炎にも罹患している患者では、増殖網膜症、腎症病期第3期、動脈硬化疾患の合併しているとさらに歯周病が進行していると
の報告もあります。さらに、歯周炎のTNF−αが腹部脂肪にあるアディポサイトとの関連があるともいわれており、歯周病はメタボリックシンドロームとも関
連が深いということが解明されつつあります。
また、当院スタッフの看護師が看護職としての重要な認識は、「看護職は口腔疾患(歯周疾患、顎関節症、口内炎)が日常生活上のストレスによって影
響が受けることが多いので、生活習慣や作業関連疾患の一つとして歯科疾患を捉えた保健指導の必要性を認識するとともに、労働者の心身や健康状況等の情報
を、歯科医師や歯科衛生士と共有し、適切な口腔保健指導が受けられるように歯科医療職にサポートしてもらうこと」が必要であると報告しています。
以上より、産業口腔保健活動と職種間連系では、専門職との連携が必須で、我々歯科関係者だけでは成り立ちません。また会社側に対してもいわゆるス
テ−クホルダー(利害関係者)としての協調が大切で歯科保健活動がどんな風に社員の方に役立つのかを示ししていかなければならない(アウトカム)と思って
います。さらに産業口腔保健活動が生活習慣病と密接に関係していると思いますので、来年から実施される特定健診特定保健指導には残念ながらはずされていま
すが、口腔保健活動の実施というものが生活習慣病対策においても何らかの相乗効果の可能性があるのではないかと思います。」
と講演されました。
最後に黒田先生が看護職、保健師の立場として実例を交えて話されました。
☆「保健師による産業歯科保健の取り組みについて −総括的な健康支援を目指して−」
黒田 佳子先生
「産業看護職の歯科保健に対する捉え方は、歯科の指標、考え方がわかりにくく、身近に専門スタッフがいないことや口腔内環境と全身疾患との関連付けて考えていないようです。その結果、歯科保健は専門家の手に委ねられる結果になってしまっていると思います。
私たちの歯科保健活動を取り入れた健康支援活動は、主に歯肉溝滲出液を用いた生化学検査とQOLの指標としてOHIP(Oral
Health Impact Profile)の二つの指標を用いています。歯肉溝滲出液検査は歯周病とその進行度の確認のために、歯周ポケット中の滲出液の成分を調べるもので、侵襲
性も無く、自己採取も可能であり、健診項目にも簡単に追加しやすいです。また、保健師、看護職が理解、説明しやすく、対象者にも理解しやすい健康情報で
す。OHIPは歯科保健関連のQOL測定のための尺度で、オリジナルは機能的な問題、痛み、不快感、身体的な困りごと、審美的な困りごと、社会的困りご
と、ハンディキャップ、の七つの領域49の質問項目ですが、現在では短縮版の18項目を利用しています。対象者の視点で評価しているのが特徴で、歯の痛
み、シミル、食べ物が歯にひっかかるが回答では多く、これらから心理的問題(憂鬱、イライラ)にも発展することもあります。
実際の個別相談では、保健師、栄養士、歯科衛生士の3つに部屋が分かれていますが、保健師に歯ブラシ時の出血に対する質問などは、すぐに歯科衛生
士にバトンタッチするのではなく、保健師で答えられる部分は答え、詳細を歯科衛生士に説明してもらうという連携をとっています。また、管理栄養士も主に食
事の相談で、甘味飲料やジュースの量、飲み方など歯に関連したものでも対応できる範囲は対応し必要に応じて歯科の専門家に橋渡しを行うようにしています。
外部では多くの場合保健師のみが実施していますが、口腔内の相談では歯肉の炎症や口臭に関する相談が多いです。保健師の立場からは歯周病と全身との関連や禁煙へ向けてなど歯科の領域だけでなく、できるだけ生活習慣病改善と結びつけてアドバイスをするようにしています。
事業所における集団での健康教育では、疾病対策や心の健康などとともに口の健康についても取り入れ、オーラルケア製品を配布し、位相差顕微鏡によ
る歯周病菌の観察と歯周病検査、歯間すっきり体験を行います。歯磨きの仕方でも予防的な立場から話すと熱心に耳を傾けてくれます。糖尿病や肥満、不適切な
生活習慣などが全身から口腔へ及ぼす影響や、この逆で口腔から全身に及ぼす影響もあるということについてわかりやすく説明する必要があります。さらに喫
煙、甘味飲料などと口腔との関連や悪影響についてのデータを引用しながらセミナーをしています。口腔内の項目は食事との関連で入っていくと好印象に思われ
ました。
8020運動の「良い歯で、良く噛み、良い体」をキャッチフレーズに、広く歯の健康を捉えるだけでなく、口腔はコミュニケーションの器官でもあるので、歯科保健を一方向からみるだけでなく、人間の基本的な生活様式の中で捉えていくことが大切と思います。
最後に、歯磨きなどの口腔ケアは改善傾向が目に見えるもので、達成感があり、有用ですので、行動変容への支援として口腔ケアも重要な選択肢として
良いと思います。産業歯科保健を推進することにより、従業員には、生活習慣予防のきっかけ、口腔環境の改善、各種疾病リスクの低下などより総括的に健康管
理リスクの低下になると思います。事業所、健保など実施者は職域内の歯科保健の活性化、歯周疾患有病率の低下、医療費の軽減、健康づくりの波及効果ができ
ると思います。そして、産業看護職の役割としては、口腔内と全身状況の関連知識の習得が必要であり、生活習慣病としての意識を看護師自らが向上し、歯科専
門家との連携とることが大切であると考えています。全身と口腔とを十分に考慮してアドバイスしてもらう専門スタッフに支えられながら相互に情報を交換し
て、最終的には、働く人たちの総括的にサポートしていくことが理想的だと考えています。」
と講演されました。
<総合討論>
総合討論は、あまり時間がなく、多くの質問を受けることはできなかったですが、酒造メーカーの保健師より「飲酒について、生活習慣からではなく、直接アル
コールが歯や歯周病に対して影響があるのか?濃度が高いハードリカーを飲用するとエナメル質にどのような影響があるか?泥酔して寝る前のブラッシングをし
ない人の良い口腔ケアがあるか?」の質問が出ました。青山先生が「濃度の高いハードリカーが歯のエナメル質に直接影響することはないとのこと、飲酒後にブ
ラッシングをしないで寝る生活習慣から虫歯、歯周病への悪影響がある」こと、また黒田先生からは「泥酔で寝てしまった人には、1日一回でもいいから丁寧に
磨いてくださいと指導している」と答えました。
企業の産業歯科医より「井上先生の研究より白血球数がどのくらい上がると体に影響がでるものか?」の質問に、井上先生は「歯周病は慢性炎症なので
白血球がそんなに増加しないのではないかと言う話もあるのが、多少上がっているようであった。まだその詳細は明らかになっていない」と答えられました。
また、青山先生、黒田先生には「喫煙している人がいた時に実際どのような指導をしているのか?教育で工夫している点は?」の質問に、青山先生は
「集団教育ではスライド等で歯科保健的に辞めたほうが良いことを示し、診療所内では進行した歯周病を持っている人には本気で治療したいのなら、煙草の本数
を減らすとか、辞めるとか、その人に合ったモチベーションを使用している」、黒田先生は「口臭やヤニについて聞かれる時は、喫煙暦を見て、禁煙はもちろ
ん、全身との関係といろいろ関連付けて説明するようにしている」とのことでした。
<会場からのコメント>
茨城県歯科医師科会の産業歯科医より:
「井上先生の講演の中で、連携の中で一番大切なのは積極性が一番大切と思いました。だれにでも問い掛けるということができないから、今の産業保健の中で歯科というものが孤立してきているのではないかといつも感じていました。
青山先生の中で利害関係者との連携は非常に難しいことなのですが、いつも労働組合や安全衛生委員会ばかりでなく、保険者や事業者との会話は非常に大切だと思いますし、そこから打開策があることを私も経験し、非常に良い話をしていただけたと思いました。
また、黒田先生の話の中で、歯科保健というと歯周病とウ蝕という狭い範疇に入ってしまい、歯科保健は歯科医師に委ねる形になってしまう感じですが、そこで口腔保健と言いますと何か連携もうまくいくような感じがします。」
それに対してシンポジストを代表として井上先生より
「歯科の先生に思うことは、ホスピスでも歯科の先生に頼んで治療したあと、歯科の先生はどうなったかを知りたくても知る手段がないようです。例えば治療の 後、食べられるようになったのか、まだ少し具合が悪いのかなど、歯科の先生は当然知りたいと思っているが、今までは医科と歯科が少し垣根があったので、治
療後呼んでもらうことで、一緒にコラボレーションができ、大変うれしいと言っていました。
また歯科の先生も全身疾患などと歯科との関係のことを研究したかったが、歯科はそのようなチャンスがなかったと話していて、色々なことを話すことによって思いが通じるのでそこが連携の一番大切なことだと思います。」
<まとめ>
座長 東 先生
「産業医の教育の中で歯科の教育、口腔保健の教育はだいぶ欠けています。全人的な立場で診るということをもう一度考え直して教育に組み込んでいき
たいと思いました。歯科とか禁煙などで特にそうですがこればかりという活動が良くあるのですが、そうではなくて、すべて全体を見るというバランスの中で、
何を持って説明根拠とするかは、今日、きれいに示していただいたと思いますので展望が開けたと思います。健康指標としての意味も大変わかりやすかったと思
います。重要視されるか否か、流行もありますけど、今のトピックの中で大事かどうかという遅れもあるのですが、これはこれからこのような機会を通じてより
多くアピールしていただく、産業衛生学会の土俵を使って頂いてぜひ広めていっていただければと思います。大変勉強になりました。ありがとうございまし
た。」
座長 藤田先生
「東先生すばらしいまとめを有難う御座いました。本日はこれで終わりますが、来年の第82回産業衛生学会で、産業口腔保健フォーラムを持つことに
なっています。札幌での総会の岸先生のメインテーマ「人間らしい労働と生活への質の調和」ということで 、現在の厳しい世の中の中でもっと人間らしいこと
を回復しよう、ディーセントワークと言っておりますが、それに沿った歯科版をやってみたいと思います。ぜひ参加いただきたいお思います。
以上でシンポジウムVを終わります。長時間にわたりまして皆様からのご協力をいただきまして意義のある会になったと思います。演者の先生、本当に有難う御座いました。」
以上、盛会で、無事終了いたしました。 |